第1章「悪魔なんて最低だ」



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【第1章―2】

 5つの赤い光は1点の白へと、狂わず照準を合わせ集束していく。
 まだはっきりと視認出来る距離ではない。
 しかし、赤い光は集束した後、弾けた。そう感じる。少なくとも当たった
手応えも、避けられた残像もない。ならば何か≠ノ消された。
 想像していなかった事態に悪魔が笑みを消したのは一瞬で、さらに深い笑
みを刻み、手の平を今度は上へと返した。その中に、赤い球体が生まれる。
幾重にも重なった文字が帯を作り、その球体を囲む。
 その一点の球から、今度は十数個もの赤い光が生まれ、飛び出し、白へと
飛んだ。
 今度は同時ではない。間隔を置いて、あらゆる方向から飛んだ。
 しかしそれもまた弾けて、消える。
 今度はその様がわずかに見て取れる。
 白に向かった赤が、空中で砕けて、その色を散らして消えている。
 同じ方向からではない、間隔もズラされた攻撃、その一弾も逃さず消すな
んて芸当は、それ専用に開発された術具か、生き物でなければ出来ない。
 その姿が、だんだんと見え始めていた。白は、翼だった。赤を弾いたのは、
白い直線、おそらく剣。
 翼が、羽ばたく。どうやらここから離れようとしているようだった。
 悪魔は大きく、腕を振りかぶった。
 「逃がすかよおっ!」
 魔力で出来た球体を、まるでただのボールのように、力任せに投げる。
 それは今までの攻撃の何倍もの力を持った魔力の塊。翼の進行方向へ正確
に向かう。
 白い直線が、ひらめいた。その赤を斬り裂く動きをした直後、

 ドグァァァアアーーーーーンッッッ

 爆炎が上がる。
 赤い球体に凝縮されていた魔力が回避不能な範囲にまで広がり、脅威とな
って対象を襲った。
 「はっ! 直撃」
 光を覆う程の黒煙を見上げ、悪魔は高らかに笑った。
 黒煙は上からの光を呑み、悪魔の立つ大地に影を落とした。
 地獄の大地に相応しい色をわずかな時とは言え得たその場所で、しかし悪
魔の笑みはすぐ消えた。
 赤い瞳が、丸く見開かれる。
 何を考えるわけでもなく、本能のまま、彼は手にしていた大鎌を両手で握
り、振るった。
 ギイイィィンッ
 金属の悲鳴と、腕と、肩に衝撃。
 勢いのまま振るった大鎌は身体に負荷を強い、悪魔はわずかに体勢を崩し
て大岩の上に片膝をつく。
 すぐ、側の大地に、若草を切り裂き、真っ白な剣が突き刺さる。
 その、様を見て、悪魔は小さく息を呑んだ。
 きちんと頭が理解をするだけの間は、なかった。
 ただ何かが黒煙を切り裂いて、自分に正確に向かったことを感じ、それが
自分にとってよくないものだと感じたから、弾いた。
 それはただの反射だった。
 真っ白な刀身を見てようやく、自身の危険を感じ、途端に冷たい汗が流れ
た。
 偶然、落ちてきたにしては出来過ぎている。力もある。勢いもある。
 (それにしては……)
 では意志的なものかと言えば、確かにそれ≠ゥら必死≠ヘ感じられる。
 しかし、必然的にあるはずのものが、ない。
 すなわち、殺意=Aが。

 ガサッガサガザッザザーッ

 赤い瞳が、白い刀身から上げられる。
 木々の葉が、枝が、上から降って来た衝撃に耐えられず、抗えず、無様な
悲鳴を上げ、砕け、散らされ、落ちて行く。
 その様を見て、視線を上げ過ぎたことを知る。
 ゆっくりと、彼は目線を下ろしていく。
 ちょうど同じような速度で、暗い配色をした木の葉数枚が、落ちて行く。
 平らで薄い葉は、ゆらりゆらりと右へ左へさまよい、宙で幾度か交錯しな
がら、やがて、音も立てずに白へと辿り着く。
 まるで、突然の雪。
 宙を覆っていた黒煙は消えつつあった。
 天国からの光が、またこの地獄の大地へ招かれ始めていた。
 その光をすくい上げ、その白はさらに真っ白な光となって、翼の形を象っ
ていた。
 それがわずかに傾く。上に乗った葉が、舞い落ちた。
 「……っ…」
 小さな苦鳴が、空気を揺らす。
 翼が、ぎこちなく、羽ばたくような動作をする。身体を起こそうとしてい
るのだろう。

 (よくもまあ、あの高さから堕ちてそれだけで済むもんだ……)
 それも、あの爆発を切り裂いて。こちらに反撃までしておいて。

 悪魔は、いつから止めていたのかわからない息を、吐いた。
 白い翼が見えた時点で、生き物であることはわかっていたはずだ。
 白い剣が見えた時点で、ひと型の存在であることはわかっていたはずだ。
 天国に住むひと型なんて、天使しかいないことは、知っていたはずだ。
 それでも、いまこの時になって初めて、自分が討ち堕とそうとしていた存
在のことを、知る。
 ようやく退屈を殺すために現れたナイフ≠フ姿は、ずいぶんとこの地に
不釣り合いで、均等の取れた形をしていた。
 その白い翼に沿った一枚一枚の羽が乱れることもなく、その合間からこぼ
れる金の髪は天からの光を受け、冠のように輝く。
 悪魔は天使を見たことがないわけではなかった。
 数年前の天国との大戦の際、彼も参戦し、天使たちと戦った。
 しかし、戦場以外―――例え今自らの手で数秒前までそうしていたとして
―――で、天使を見ることは、初めてだった。

 悪魔は大岩の上に立ち上がり、大鎌を肩に担ぎ直す。
 そのまま、歩き出す。


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